遺品の語る沖縄戦 — 遺骨収容家・国吉勇

遺品の語る沖縄戦 — 遺骨収容家・国吉勇

 

立命館大学国際平和ミュージアム
第101回ミニ企画展示

2016.6.4[土]  ̶ 6.26[日]

会場
立命館大学国際平和ミュージアム2階
ミニ企画展示室
〒603-8577 京都市北区等持院北町56-1
TEL 075-465-8151 FAX 075-465-7899
http://www.ritsumei.ac.jp

 

開館時間 =  9:30 - 16:30
休館日 = 月曜日
*入館は閉館の30分前まで

 

<見学資料費>
大  人500円
※特別展「世界報道写真展2016」の期間中は、大人の見学資料費が500円となります。(団体料金適用はありません)

中高生300円(250円)
小学生200円(150円)
*( )内は20名以上の団体料金です。
*先に地階受付で見学資料費をお支払いください。
*立命館で学ぶ人・働く人は無料です。
*常設展示および特別展もご覧いただけます。

主催= 国吉勇応援会
共催= 灘校生徒会有志、立命館大学国際平和ミュージアム
画像提供:産経新聞 松本健吾氏(写真はイメージです)

 

遺骨収容家・国吉勇 略歴


1941年2月25日生まれ。那覇市在住。18歳で遺骨収容を始める。

人生の半分以上に渡って、沖縄戦で亡くなった方々の遺骨や遺品を一切の援助なしで収容してきた。 過去に収容した遺骨は4000柱(4000人分)にのぼる。2016年3月31日、遺骨 収容引退。

「戦後70年が経った今も地中に遺骨が眠っている沖縄の現状を知ってほしい」と語る。
本展では収容された遺品約50点を展示する。

戦争展 -遺品が語る沖縄戦-

 

 

2016.5.22[日] ー 5.28[土]
会場=関西沖縄文庫

開館時間=12:00-18:00|休館日=なし

参観料=無料

 

主催=国吉勇応援会

協力=関西沖縄文庫、灘校生徒会有志

 

 


お問い合わせ 関西沖縄文庫

〒551-0011
大阪市大正区小林東3丁目13-20
Tel/Fax 06-6552-6709
金城 馨 


 

遺骨収容家・国吉勇 略歴


人生の半分以上に渡り、沖縄戦で亡くなった方々の遺骨や遺品を一切の援助なしで収容してきた。過去に収容した遺骨は4000柱(4000人分)にのぼる。
2016年3月31日、遺骨収容引退。

 

チラシ(PDF 3.3MB)

 

 

 

現在-感情=未来 先人達の足跡からみえる基地問題

 

現在-感情=未来

先人達の足跡からみえる基地問題

 

◆ チラシ裏面

開催日 2016年2月14日(日曜日)

<スケジュール>
10:00 ~ 12:00  1部 フィールドワーク
12:00 ~ 13:00     昼休憩
13:00 ~ 15:00  2部 映画上映
15:00 ~ 17:00     意見交換

参加費
1部 500円  案内人 金城 勇
受付  9:45 大正区役所前
2部 500円  比嘉賢多さん作品上映
受付 12:45 関西沖縄文庫

【 事前申込不要 】
問合せ 関西沖縄文庫  TEL 06-6552-6709
主 催 / 沖縄に基地を押しつけない市民の会

 

 


【フィルモグラフィー】
『沖縄/大和』(2014 年/98 分/カラー)、
『豪也少年と妖精の森』(2013 年/51 分/カラー)

 

- 監督:比嘉賢多 ひが・けんた -

1991 年 沖縄県出身。和光大学表現学部総合文化学科卒業。
漠然と映画監督になりたいと思いながら、大学入学で上京。初めて撮った劇映画は、内地で撮って内地の人が出ているのに、観た人から「でも沖縄映画だね」と言われました。「沖縄映画」という言葉すら始めて聞いた僕は、本や映画を観て勉強。映像研究ゼミの卒業制作として、『沖縄/大和』を撮りました。
最初は何もテーマを決めず、2 か月あれこれ沖縄で撮って、その素材から「ライン」というテーマを見つけ、再び撮影を行って完成させました。僕も含め「復帰後世代のウチナーンチュ」は生まれた頃から米軍基地が生活の近くにあり、沖縄の風習も文化も本来のウチナーグチも知らずに生活してきたことで、沖縄に対しても大和に対してもギャップを感じてしまう、いわばアイデンティティの拠り所を失った文化的難民状態にあると思っています。なので、対立した考えや世代、立場の違う人たちに異なった意見を言われるたびに「こっちも正しいかも」とふらつく僕自身の芯の弱さも含めて、映画の中に組み込み、捉え直そうと試みました。

 


 

比嘉いつみ 沖縄民謡LIVE 2月12日

比嘉いつみさん、大正区の「田中屋酒店」でライブを行いますので、ぜひご参加ください。

◆日時:2016年2月12日(金)19:00~
◆場所:田中屋酒店(大正区で一番味のあるLIVEスポット)
大阪市大正区南恩加島6-16-5
※環状線/地下鉄「大正駅」から、市バス 鶴町四丁目行(71番・90番・91番)
「昌運橋」バス停で下車 ローソン側車線の東方向スグ!!
◆ライブチャージ : 無料(投げ銭制)
◆お問合せ・ご予約 : 角山 080-1417-9281

 

◇比嘉いつみ プロフィール
沖縄民謡の第一人者、大城美佐子氏に師事。ライブツアーにも同行。

2008年に琉球民謡協会最高賞と琉球古典音楽コンクール笛部門最優秀賞を受賞、
野村流音楽協会教師免許も持つ。沖縄県立芸術大学卒業。

 

 

【法政研】「戦後70年」連続企画の開催について

 

 

沖縄国際大学 沖縄法政研究所
「戦後70年」連続企画 沖縄の未来を考える

 

 

沖縄法政研究所 「戦後70年」連続企画を下記のとおり開催致します。

 

沖縄法政研究所では、「戦後70年」連続企画として「沖縄の未来を考える」をテーマに、「基地の島」「国境の島」「観光の島」沖縄が問う、「辺野古移設」「自衛隊配備」「観光」について考える場として、シンポジウム、講演会を開催します。

 
12月のシンポジウムでは、「基地の島」沖縄が直面している「辺野古移設問題」を、運動、哲学、法律の観点から考えていきます。

 
連続企画1シンポジウム(沖縄法政研究所フォーラム第14回シンポジウム)
「基地の島」沖縄が問う―「辺野古移設問題」を考える―

 

 

開催日時: 2015年12月12日(土)   14:00~17:30
会場  : 沖縄国際大学13号館3階

参加無料/申込不要

多数の方々のご参集を賜りたく、ご案内申し上げます。

 

http://oilp.okiu.ac.jp/detail.jsp?id=70856&type=CalendarTopPage&funcid=2

 

 

7/12イベント「辺野古で良いのか?〜もう一つの解決策〜」のお知らせ

2015年7月12日14時より、大正区コミュニティーセンターにて「辺野古で良いのか〜もう一つの解決策〜」という講演会を行います。お誘い合わせの上ぜひご来場ください。また、詳細は下記の添付ファイルをご覧ください。

712イベント表

712イベント裏

We are going to have a symposium to think about the current unequal political situation between Okinawa and mainland Japan. It is mainly about the relocation of U.S. military bases from Okinawa to mainland Japan. (not to Henoko, of course!lol)There’ll be two guest speakers in the event.

The first speaker would be Yoshimi TERUYA,  former president of Okinawan economic association.The second speaker would be Tetsuya TAKAHASHI, a professor of philosophy at the university of Tokyo.This talk session is going to be really interesting for both Okinawan and mainland Japanese. Don’t miss it!!

Btw, the detail of this event is on the link above this sentences. Unfortunately, it’s in Japanese language, tho.

また、以下に今回のゲストスピーカーお二方のメッセージを紹介させて頂きます。是非ご覧ください。

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照屋義実さん

本当に豊かな沖縄を引き継ぐ責任があるのです  照屋義実

大里村与那原(現・与那原町)で生まれて、与那原で育ちましたが、沖縄戦

の米軍の艦砲射撃でほぼ全滅の状態でした。父が1950年に照正組を立ち上

げ、島の復興のインフラ整備を担いました。私は小中高と地元に通って琉球

大学に入ったのですが、四ヶ月ほどで退学し、浪人生活を経て、1967年に

福島大学に入学しました。当時は文部省配置留学生といって、直轄で試験を

行い合格した学生を各大学に振り分けるのです。それで思ってもいなかった

福島へ行くことになりました。大学卒業後、大阪の山善という商社に入り、

二年九ヶ月いましたが、父が倒れたことをきっかけに、1973年に「沖縄は復帰して一年、

我々若い者がやらないといけない仕事がある。微力ながら、どこかで役に立

てるはずだ」と言って帰ってきました。当時は公共事業公共事業が真っ盛り

で、一件受注すれば半年〜一半年受注の心配をしなくていい。ところが復帰

後年数が経つにつれて業者が増えていくわけです。バブルや土地活用事業な

どを経験して、二度の大きな業態転換をしたわけです。

そうした経験からも、私は脱公共事業依存を通して自立することが必要だと

思います。信念を持って、基地は要らない、返してもらいたいと、そのほう

が間違いなく郷土の発展につながっていくということも言ってきました。し

かし基地依存、財政依存経済にしておいたほうが、日米の外交にとっては好

都合だという意図があるのではないでしょうか。現状固定化がよい、これが

構造的差別という表現を生んでいるのです。「照屋さん、基地がないといか

んでしょう?」未だにこんな話をされる経済人がいらっしゃる。これは沖縄

側の情報発信の努力が足りないのかもしれませんが、中央メディアの責任も

大きいと思います。

経済の自立的進展に向かって仕組みがつくられ、我々産業人も動き出して、

工夫がどんどん生まれてきて、ビジネスチャンスが広がっていく。先を展望

する楽しみが広がって、それに足場を置きながら、基地の撤去に向かってい

く。沖縄だけの視点ではなく、中国、韓国、東南アジアの視点を総合的に見

合わせる中で、沖縄の安全を希求するべき時だと思います。

『世界 2015.4 臨時増刊 沖縄 何が起きているのか』から抜粋

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高橋哲哉さん

『沖縄の米軍基地 「県外移設」を考える』まえがきより抜粋

 

日本は、一貫して沖縄を、ただ自己利益のために利用してきたのではなか

ったか。

「琉球処分」という名の琉球併合、日清間で琉球諸島を分割しようとした分

島条約問題、同化・皇民化政策、「国体護持」のための「捨て石」とした沖

縄戦、「本土」の主権回復と引き換えに米軍統治権下(事実上の米軍政下)

に沖縄を投げ出したサンフランシスコ講和条約、県民を欺く密約を米国と結

んでの沖縄返還、日米安保体制下での米軍基地の集中存置、基地負担に知ら

ぬふりをしたままの観光利用・文化の消費(「癒しの島・沖縄」)、そして

今、「オール沖縄」の民意を無視して強行される辺野古新基地建設。

ざっと顧みただけでも、これだけのことが思い浮かぶ。

沖縄差別、植民地主義の継続、などとも言われる。日米安保体制は、沖縄

を犠牲としてのみ成り立つ「犠牲のシステム」だった、とつけ加えることも

できるだろう。「戦後70年」と「本土」

では事もなげに言われるが、沖縄はいまだに「戦後ゼロ年」ではないかとい

う声もある。沖縄のチムグクル(肝心、思いやりの心)はもう張り裂けた、

と言われるのも当然ではないか、と思う。

私は本書で、このようにして沖縄を利用し、犠牲にしてきしてきた「本土

」の側の責任について、考えてみたい。「本土」とは、日本政府であること

はもとより、日本国の主権者「国民」の99%を占めて日本政府を支えてい

る「日本人」のことである。

沖縄では今、米軍基地の「県外移設」要求が広がっている。「日本人よ!

今こそ沖縄の基地を引き取れ」。ーー自分たちが沖縄に基地を押しつけてい

るなどと考えたこともなく、「沖縄大好き」で何度も観光に訪れたり、沖縄

に憧れたりしている「日本人」が初めて聞いたら、さぞかしショックを受け

るであろうこの声に、「県外移設」要求は凝縮されている。

私は、「今こそ」「日本人」はこの声に応答しなければならないと考える

。そして私の応答、「イエス」というものである。「日本人」は、沖縄米軍

基地を「引き取る」べきである。政治的、軍事的、経済的などの力を行使し

て、沖縄を自己利益のために利用して。犠牲にしてきた歴史を断ち切るため

に。そして沖縄の人びとと、差別される側される側の関係ではなく、平等な

人間同士として関係を結び直すために。

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※2015年7月2日付けの朝日新聞夕刊にて、本イベント関連記事が掲載されました。以下の添付書類をご覧ください。

Asahi 7/2