5.15 イベント

 

 

<基地を押しつけない市民の会>


今日まで沖縄と日本の関係性は「同じ日本人」という言葉によってあいまいにされてきた。
1903年に大阪・天王寺で開かれた第5回内国勧業博覧会の「学術人類館」で私たち沖縄人は見世物にされた。

その時、「学術人類館」が「事件」にならなかったことで、見る側(日本人)と見られる側(沖縄人)という関係は 学問として作り出され、今も続いているように思う。

沖縄における米軍基地問題は平和の視点からだけでなく、差別問題として捉えるべきではないか。

0.6%の沖縄に約74%の米軍基地が集中している

かつては日米安保条約によって当然、日本各地に多くの米軍基地があった。
その後日本人による反・米軍基地運動の高まりとあわせ、沖縄に県外移設されたのだ。
そのため、米軍基地という暴力が日本人の身体を透りぬけている状態が起きている。
そのことにより基地の暴力を自覚できない日本人が増え、それとともに安保容認・支持が増えてきたように思う。

 

「県外移設」とは何か

基地押しつけという暴力を受けている方が「これ以上暴力は受け入れません」と主張するのは当然のことである。

「県外移設」とは、暴力を拒否することの具体化であり、移動してきた米軍基地の暴力の継続と固定化を止めることである。
そして、暴力の出発点へ返さなければならない。そのことが「すべての基地をなくす」力に繋がっていく。

差別された側は差別を拒否することはできても差別をなくすことはできない。
差別をなくすためには、差別している側が、差別を続けない意思を持ち、行動することが必要だ。
その意味で基地引き取りとは、日本人自らが差別者であることをやめ、沖縄人と対等な関係になるための行動だ。

米軍基地問題は、沖縄問題ではない。日本人の問題である。

※沖縄の面積は日本の国土の0.6%です

 

<沖縄差別を解消するために沖縄の米軍基地を大阪に引き取る行動(引き取る行動・大阪)>

「なぜ私たちの目の前には、生まれたときから米軍基地がないのか」
=「なぜ沖縄には、生まれたときから米軍基地があるのか」

「引き取る行動」に向き合うようになって、

この“イコール”で結ばれている日本と沖縄の“歴然とした違い”に、改めて大きなショックを受けた。

でも、最初から歴然とした違いが、イコールだったわけではない。

1950年代から60年代にかけて、日本「本土」にあった海兵隊基地が沖縄に移転された。その頃、日本「本土」の基地は4分の1になり、沖縄の基地は2倍になった。

沖縄は、基地でがんじがらめにされ、
日本に住む私たちは、基地がない世界を当たり前としてのほほんと暮らしている。
なぜ、こんな“おかしな当たり前”が許されているのだろうか。

「引き取る行動・大阪」が始動してから約1 年、そんな問い直しに打ちひしがれる日々だった。

今、全国各地で「引き取る行動」が動き出している。

沖縄の状況は勝手につくりだされたものではない。

その基地の押しつけに、沖縄の声の封じ込めに、私たちは毎日、手を貸している。
沖縄に対する抑圧、差別をやめることができるのは、それを行使している日本人である私たち一人ひとりでしかない。

自分たちの生き方のために、「差別者」というものを自らの手で脱ぎ捨てたいと思う。

福岡、長崎、東京、新潟、大阪

どんな思いで沖縄への差別と向き合い、基地を引き取ろうとしているのか。
「引き取る行動」」を担う人々の声にぜひ耳を傾けてほしい。

 

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